アルバム感想『CEREMONY』 / King Gnu


『CEREMONY』 / King Gnu
2020.1.15
★★★★★★★★★☆

01. 開会式
02. どろん ★★★★★★★★★☆
03. Teenager Forever ★★★★★★★★★★
04. ユーモア ★★★★★★★★☆☆
05. 白日 ★★★★★★★★★★
06. 幕間
07. 飛行艇 ★★★★★★★★★★
08. 小さな惑星 ★★★★★★★☆☆☆
09. Overflow ★★★★★★★★☆☆
10. 傘 ★★★★★★★★★☆
11. 壇上 ★★★★★★★★★☆
12. 閉会式

 

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 ひとりOfficial髭男dismこと常田大希、実写版・澤村大地こと新井和輝、J-ROCK界の平沢唯こと勢喜遊、ヤバイTシャツ屋さんよりもヤバイ、ゲスの極み乙女。よりもゲスい、オメでたい頭でなによりよりもオメでたい頭した男・井口理の4人によるロックバンド・King Gnuの約1年ぶりとなる3rdアルバムであります。

 

 前作『Sympa』の感想で「King Gnuはミクスチャーバンド」と雑に括ったのですが、本作を聴くとミクスチャーというよりオルタナティブロックバンドといった感じがしました。結局また雑な括りになっちまってアレなんですけど、まず今回は前作に比べてごちゃ混ぜ感が薄いんですよね。前作同様、ロックとかファンクとかヒップホップとかR&Bとかごく普通に併用してるし前作の時点で既に洗練された仕上がりを魅せていたけど、アウトプットのされ方がより一層スマートになっており、バンドアンサンブルの強度が際立つようになりました。

 

 それに加え、過去2作で散見されたエグみが軽減されてます。前述したサウンドのスマート化も含め、これはKing Gnuならではの音世界構築に大きく寄与していたエレクトニックな音触り、オーケストラルなアレンジの登場頻度が以前に比べて減少したことが少なからず関係しているかと思います。あと、以前に比べて これ見よがしなまでに溢れ出ていた自信や野心が幾分落ち着いてきたのも要因の一つかな。といっても、丸くなった感は全くなく、単に過剰さが払拭されただけっていう話ですけど。

 

 ほんでツインボーカルの活かし方が前作よりも巧みになってます。前作は、井口か常田のどちらがメインを務めたにしても、メインでないもう一方のメンバーは 補助輪みたいな感じでメインボーカルをサポートしていました(良い悪いじゃなく、単にそういった特徴があるということを言ってるだけ)。でも今回は、大半の楽曲で井口がメインを務めていながらも、常田とのパスの連携が胸のすく鮮やかぶりを発揮しており、単独ボーカルでは味わえない気持ち良さをもたらしてくれます。

 

 では、1曲ずつ軽く触れていきますと…まずは華々しくもどこか禍々しさが渦巻いたインスト『開会式』で幕開けします。

 

 それに続く『どろん』は リズム隊が軽やかなステップを刻むソリッドなロックナンバー。これは何と言っても、テンポ感とグルーヴの双方を強く意識した 押韻混じりの言葉の詰め込み手法が耳を惹きます。米津玄師やブレイクして間もない頃のB’zを想起させるアプローチですな。歌詞はネット社会のヤバさ、そしてそんな閉鎖空間に依存した現状に対する焦燥感を描写したもので、歯止めのきかない性急なビート感と見事にシンクロしてます。その状況を打破せんとする井口の歌いっぷりや、常田とのリズムが途切れないボーカルのパス回しがまたスリリングなのよな。たった3分程度の曲で しかもこっちは耳かっぽじってただ聴いてるだけの立場なのに早くも息切れが…。

 

 

 本作リリースに先駆けて配信された『Teenager Forever』は、バンド初期から存在していたパンキッシュなアップナンバー。軽快に鳴らされるアコギのみの序盤パートから青臭い衝動を爆発させる井口のボーカルが実に痛快。んで、LUNA SEA『DESIRE』ばりに全メロディ漏れなくキャッチーで どのパートがサビ呼ばわりされてもいいくらいの吸引力が備わっているのですが、いちばん強烈なインパクトを放っているのはやはり「ティ♪ティ♪ティ♪ティ♪ティーネイジャーフォエバー♪」のくだり。井口のコーラスワークも手伝って、頭のネジぶっ飛んでんじゃねぇか?ってくらいモードが脳内ピーカン。これも3分ちょいのコンパクトな楽曲なのに、ボーカルワークもアンサンブルもやたらハイテンションで余計に息切れが…。序盤からなんとも清々しい疲労感を食らわされます。

 

 

 アンニュイなミドルナンバー『ユーモア』も、歌や歌詞における言葉の詰め込み手法に関しては『どろん』と同じアプローチ。ただ こちらはサウンドがR&B/HIP-HOPライクである上に、ゆったりしたテンポで揺らめくようなノリを有しているのが特徴的。押韻をさらりと駆使し、まるで静寂の間を嫌って喋り続ける寂しがりな芸人の如く パートが変わっても歌メロが途切れない。途切れたとしてもほんの数秒だし、間奏でも演奏陣は自己主張せずコーラスが幅をきかせているし、実質ほぼずっと歌声が流れてる状況なわけです。それらが織り成す まるで腕の長いチンパンジーが終始 うんてい運動をしているかのような緩やか且つ軽やかなグルーヴがなんとまあ心地よいこと。テンションに強弱や落差をつけていないのに、うっすらながら平歌とサビの線引きがされているメロディも良いです。

 

 

 2019年を代表する楽曲となった『白日』は、ひもじさや虚しさを喚起する ミドルテンポのファンクナンバー。過去作でいう『Vinyl』に通ずる楽曲ですね。これが多くのリスナーに響いた要因というのは、哀愁と躍動感を兼備した歌謡メロと 重みが伴ったハネたビート感の合わせ技が効いたからなんでしょうか。メロディアスであり思わずカラダがノってまうグルーヴもありで、私はそこでヤラれました。あと歌詞も良いですよね。綺麗事を雪の中へ埋め尽くし、もはや拭いようのない罪を背負い続けていく現実のシビアさや、それでも腐らず生きてくしかないという傷だらけの不屈さを打ち出していて、それが音世界と合致してる。さらに言うと、楽曲の雰囲気により深みを持たせ、ナイーブさを際立たせてる井口のボーカルワーク(特にファルセット)も素晴らしい。常田がメインを務めるBメロでのコーラスワークも良いっすね。

 

 ほんでサビを聴いて改めて気づいたのが、井口と常田が織り成すハーモニーがKing Gnuならではの強いアクを生み出してんだなってこと。前述の「エグみ」に相当するトコですね。彼らってメロディと演奏の強固さがよく語られてる感じがするけど、コーラスワークも彼らを語る上で重要なポイントなんですよね。井口の声技の多彩さとか大衆性とか、好き嫌いがハッキリ分かれそうな常田のボーカルのキャラクター性とか、その二人の声の重ね方とか、もうこれだけで独自性を確立しちゃってるし、これらが楽曲の雰囲気や展開を大きく左右することもあるくらいですからね。

 

 

 どうしても存在感が際立ってしまう『白日』を前半の締めとしてひとまずの区切りをつける意味合いと、次曲へとしっかりバトンタッチすべく高揚感を掻き立てる役割を兼ねた『幕間』を経て、お次は『飛行艇』。これはKing Gnu流スタジアムロックですね。何かとオシャレと形容されることが多いKing Gnuですが、これは明らかに泥臭さ寄り。まず、外部音に依存せずバンドの地力でタフネスとスケール感を打ち出してるのが素晴らしい。中でもMIYAVIを連想させる ファズやアームを駆使したギターサウンドの獰猛ぶりが最高。んで平歌を常田が歌い、そこから隙間なく飛び入りで乱入するかのような勢いで井口が歌い出すサビへの展開がまた快感!ファルセットだけどナイーブさでなくエネルギッシュさが迸った高らかな歌唱もやはり良いし、天下獲りのさなかに居る彼らのマニフェストといった趣の歌詞もいつも以上に野心的で目に見えて熱い。そして、「あなたの期待に飛び乗って」というのはANAタイアップに則して「期待」と「機体」を掛けているわけですね。上手い!てかそこを抜きにしても勇ましくてカッコいいフレーズよね。まあ個人的には「飛行」というより「船出」というイメージのほうが強いんですけどね。荒波にも物怖じせず舵を取ってしまう呆れたビリーヴァーって感じなんですけども、まあ何にしてもこりゃ超傑作です。ONE PIECEの主題歌としてもオリンピックのテーマソングとしても大いに有用しそう。

 

 

 『小さな惑星』は淡い感傷が滲んだミドルアップナンバー。これもまた米津玄師っぽさが垣間見える曲ですな。なんとなく流すような感じで聴くといい意味でオーソドックスなポップソングに聴こえますが、極めてコンパクトなBメロが変拍子かつヘンテコなメロで、しかもそれが転調するサビとの接続に違和感を持たせないよう上手くサポートしているんですよね。何気ないけどなかなか巧みな手口。2サビの後、J-POPのテンプレ通り間奏にシフトするも、その後Aメロをなぞってサクッと締める展開もちょっと変わってるけど聴感的にはごくごくナチュラルなのも何気に凄い。

 

 

 『Overflow』は家入レオに提供した楽曲のセルフカバー。「King Gnuそのものののエッセンスの注入」を依頼され制作された楽曲なので、意識的かつ分かりやすい形でKing Gnuっぽさが詰め込まれてる感じがしますな。メロディに対する言葉の当てはめ方とかリズム感とかもそうだし、外部への提供だけど井口が歌ってもやっぱり嵌まりが良い。まあ片想いが空回りする惨めな様を描写した歌詞との相性で言えば、井口の泥臭い歌いっぷりのほうがフィットしてる感じがするかな。ボーカルを除いた家入レオver.との違いは、重めのダンスビートを使わずバンドサウンドを主軸に再現されてる、ってことくらいかな。ダンスビートがない分カッティングギターのファンキーさはこっちのほうが際立ってますね。

 

 

 『傘』はロックとR&Bをハイブリッドしたメランコリックなミドルナンバー。いつにもまして歌謡成分が高めなメロディと 思わず足組んでリズムを取っちゃう軽やかなノリとの取り合わせは ここでも抜群の求心力を発揮。そして、濡れを帯びた井口の歌唱と 哀愁漂うサウンドを背に渋く映える常田の歌唱との掛け合いやハーモニーがまた良き仕事をしてます。憂いを孕んでるけど湿っぽくなりすぎず、かと言って軽快の方向にも傾倒しないこの絶妙な塩梅。アレンジもドレッシーに着飾ることなく(音的にはむしろ簡素寄りな感じなのに)スタイリッシュにキメちゃう有能なコーディネーターぶりを振る舞っているのがまたなんとも憎い。

 

 

 そして『壇上』は本作で唯一 常田がメインボーカルを務めたバラードナンバー。(2コーラス目までは)ピアノとバイオリンというシンプルな音で構成されていながらも響きは実に重厚。そして歌詞。これまでにもマインドのナイーブさを打ち出してきたことはありましたが、常田自身の 孤独を抱えた胸の内を抉り 洗いざらい心象吐露するのは初めてのケースだし、メジャーデビューからわずか1年、改名前(Srv.Vinci名義)も込みでバンド結成からまだ5年弱とは思えないほどの達観ぶりにも驚き。しかもそれを 今まで散々オラついてきた(いや言い方)常田が単独で歌ってるわけですよ!『Slumberland』『Flash!!!』などでのイキり様を存分に堪能した反動もあってか、その切実に歌い上げる様は胸に迫るものがあるし、それと同時に胸の隅にあった母性本能を擽られたりもしました。そりゃあ隙のなさそうな男に突如 脆い一面を魅せられては、婦女子は乳首をまさぐられたような感覚に陥るほかなかろうって話ですよ。常田本人にそういうあざとい意図が全く見受けられないから尚のこと そそられるっていうね。本人は至って大マジ。

 

 

 そしてラストは、溢れんばかりの歓声を受けて 常田がポッケに手を突っ込んで後ろを振り返りもせずにセレモニーの会場を後にするような画が浮かぶ『閉会式』でアルバムの幕を下ろします。『壇上』を下りてやりきれなさが沈殿する中、上品な装いながら 残酷なまでに冷えきったチェロの音色が 聴き手に沈むような深い余韻を残します。終盤に来てなんですか、このゲージツぶりは!これはちょっと さぶいぼモノっすね。こういうのを聴くと、今すぐは解散しないにしても、常田は現時点で既に解散までのビジョンを具体的に描いてたりすんのかなとか勘繰りたくなってしまいますな。なんか幕引きの仕方ひとつとっても並々ならぬこだわりとか美学みたいなもんがありそうな感じがするんですよね。

 

 

 ということで、40分にも満たない作品に対してあり得ないくらい感想が長くなってしまいましたが、オルタナティブロックたる尖りやザラつきもありつつ、J-POPっぽいキャッチーさやメロディアスさもあるし、能動的に音楽を好んで聴いてる人を熱狂させる何たるかもあれば、普段自らすすんで音楽を聴いてない人をも惹き付けるサムシングも備わった 万能型のアルバムであります。

 King Gnu同様 昨年一気にスターダムにのし上がったヒゲダンの『Traveler』は「俺たちの演ってる音楽こそが 新たなる売れ線の先駆け」みたいな意気込みが垣間見えたけど、King Gnuのアルバムはそういう感じではないかな。でも、意識的にJ-POPを演ってはいても、既存のJ-POPに寄り添うのではなく 大衆を自分たちのフィールドに巻き込もうという気概は共通してますね。オルタナティブロックでここまで大きなセンセーションを巻き起こしたのって椎名林檎やDragon Ash以来20年ぶりじゃないですかね。2020年開幕したばっかにして早くも2020年代を代表する一枚が出てしまったか。私個人的にも純粋に気に入ってる一枚です。

 

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